【デジタル】力強い成長続けるタイのデジタル経済 ECと動画コマースが牽引役に

個人消費の伸び悩みや家計債務の高止まりなど、タイ経済は逆風に直面しているが、そのなかでもデジタル経済は力強い成長を続けている。グーグル、テマセク、ベイン・アンド・カンパニーがまとめた「e-Conomy SEA 2024」報告書によれば、タイのデジタル経済は東南アジアで第2位の規模を維持し、2025年の取扱高(GMV)は前年比16%増の560億米ドルに達する見通しだ。その成長エンジンの中心に位置するのがECとなっている。
報告書によると、タイのEC市場は域内で最も高い成長率を示しており、2025年には市場規模が330億米ドルに達すると見込まれている。成長を押し上げているのは、急拡大する動画コマースである。動画配信を通じて商品を販売する「動画セラー」は約85万社に増え、わずか1年で175%以上の伸びを記録した。取引件数は13億件超とされ、タイは動画コマース市場として東南アジア第2位の規模に浮上している。ファッションやアクセサリーが人気カテゴリーを占め、エンタメ性とショッピングが一体となった新しい購買体験が急速に定着してきた。
こうした変化は、消費者の購買行動を大きく変えつつある。販売者やブランドは、視聴者の好みに合わせたコンテンツと連動させて商品を訴求することで、これまで届かなかった層にも深く入り込めるようになった。タイ人の「デジタルライフスタイル」の浸透が、オンライン経済全体の裾野拡大を支える基盤ともなっている。
オンライン旅行分野も伸びを続けている。観光需要の回復自体は想定よりも緩やかだが、オンライン予約などを含む市場規模は2025年に110億米ドル、前年比6%増まで拡大する見通しである。背景には、インドや中東を含む90カ国以上を対象としたビザ免除拡大など、外国人観光客を呼び込む政府の施策がある。あわせて、医療サービスやウェルネスを軸に「メディカルハブ」を目指す政策、タイ文化を活用したコンテンツ発信も追い風になっている。
一方、デジタル金融サービス(DFS)も重要な成長分野だ。デジタル資産運用(デジタルウェルス)は年率29%で拡大し、運用資産残高は250億米ドルに達する見込み。デジタルレンディング(デジタル融資)の残高は2025年に170億米ドルで前年比21%増、デジタル決済の取扱額は1630億米ドルへの拡大が見込まれる。すでにPromptPayを通じた即時送金やQRコード決済が日常化しており、政府が進めるデジタルウォレット給付策もキャッシュレス定着を後押しした。2026年までに新たに3行のデジタルバンクが営業免許を取得する見通しであり、個人や中小企業への金融アクセス拡大が期待されている。
オンラインメディアやデジタルエンターテインメント市場も、広告収入や動画コマースの拡大、タイ発コンテンツの海外人気を追い風に、年率8%の成長が続く見込みだ。バンコクは音楽やオンラインメディアのトレンド発信地として、東南アジアのクリエイティブ産業をけん引している。また、配車・宅配サービスとフードデリバリー市場は2025年に50億米ドル規模、前年比15%増まで拡大する見通し。競争激化と一部事業者の撤退を経て、市場は「成長から持続可能性」へと軸足を移しつつあり、各プラットフォームは会員制サービスや飲食店バウチャー、アプリ内広告など収益性の高いビジネスモデルを模索している。
もっとも、マクロ経済には依然として課題が多い。クルンシィ・リサーチなど主要シンクタンクは、2025年のタイ経済成長率を2%台後半と予測しており、世界経済の減速などが重しになるとみている。その一方で、ECやオンライン旅行、デジタル金融などを中心とするデジタル経済は、低成長環境のなかで数少ない「明るい分野」と位置づけられている。景気刺激策としてのデジタルウォレット給付や電子決済インフラ整備が進めば、地方部の中小事業者がオンライン市場に参入しやすくなり、地域経済の底上げにもつながる可能性が高い。
タイのデジタル経済はECと動画コマースをけん引役に、オンライン旅行、デジタル金融、フードデリバリーなど複数の分野が互いに相乗効果を生みながら拡大している。日本企業にとっても、現地販売のチャネル戦略や決済手段の設計、デジタル広告運用などを再検討する好機であり、東南アジアで第2位のデジタル市場をどう取り込むかが今後の競争力を左右することになりそうだ。
