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バンコク週報編集部が選ぶタイ10大ニュース 激動と変革の2025年を振り返る

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タイ・カンボジア国境紛争主権と資源の狭間で揺れる政局

2025年のタイを揺らした最大級の外交・安全保障問題がカンボジア国境を巡る緊張の再燃だった。発端は、長年の懸案事項であるタイ・カンボジア間の海上境界画定(OCA:重複主張海域)、そしてクット島および周辺の領有権・資源権益を巡る両国の交渉が、タイ国内政治の争点へと転化したことにある。エネルギー価格の高止まりを背景に、タクシン元首相派政権は天然ガスなどの共同開発に向けカンボジア側との交渉を進めたが、ここでタイ領土の一部がカンボジア領とされた地図の入った合意書の存在が発覚。これに保守派や王党派系の勢力、反タクシン派政党が反発し、街頭やSNSで批判が拡散した。

さらに、過去の政権があえて話題にすることを避けていたタイ東北部の国境エリアの領有権を巡る緊張へと発展。緊張は外交交渉の域を超え、国境への部隊展開や交戦へとつながり、多数の死傷者や避難民が生まれることになった。

国境市場の閉鎖や通行規制が長引いたことで、周辺県の農産物・消費財の取引が滞り、観光も落ち込む。物流遅延は輸送コストを押し上げ、企業は在庫確保や代替ルート手配を迫られた。治安不安は投資心理を冷やし、工場新設や不動産投資の意思決定が先送りされる要因ともなった。安全保障面では、国境警備の増強や情報収集体制の見直しが議論され、防衛関連支出への関心が高まることになった。

トランプ米大統領が両国の歴史や実情を把握しないまま調停の乗り出すなど、調停外交が展開されたものの、カンボジアの挑発行為・戦闘行為は一向に沈静化せず連日死傷者が報告されるなど、12月23日時点で国境エリアは緊張状態が続いている。

ペートンタン首相辞任フン・セン前首相との会話で「重大な倫理違反」

2025年の政局を大きく揺るがせたのがペートンタン首相の失職だ。8月29日、カンボジアのフン・セン前首相との国境交渉を巡る発言で重大な倫理違反があったとして、憲法裁判所は首相の資格喪失を言い渡した。就任から1年余りでの失職となり、現職首相が司法判断で排除される事態が続くこととなった。

ペートンタン政権は、父タクシン元首相の傀儡政権とされた上、既得権益層の抵抗や連立政権内の対立が足かせとなり、特記すべき業績を上げることができなかった。加えて国境情勢の緊迫化や洪水対応、治安不安など複数の課題が同時に噴き出し、政権への信頼は低下を続けた。

 失職後、与党陣営では刷新論が強まり、10月にはペートンタン氏が党首職を辞任。これにより、20年以上タイ政治の中心にあった「チナワット家」の求心力の陰りが色濃くなった。

地震でバンコク高層ビル崩壊設計・施工の妥当性や資材品質管理に批判

2025年3月28日、ミャンマー国内を震源とする地震の揺れがタイでも広範囲に及び、バンコクで建設中の高層建物が崩壊する惨事が起きた。崩壊したのは会計検査院向け施設として建設中の建物で、現場作業員や周辺の通行人を含む90人超の死傷者が出た。遠方の地震でも、バンコク特有の軟弱地盤が揺れを増幅し得ることが注目され、「大地震は来ない」との安全神話が揺らいだ。

事故後、設計・施工の妥当性や資材の品質管理、監督官庁の検査体制に批判が集中。捜査では、施工企業のコンプライアンス違反、強度不足の鉄筋使用、地盤調査の不備など、ずさんな安全管理が判明した。急速な都市開発の裏側にある汚職や手抜き工事の懸念も浮上し、公共工事のガバナンスが問われた。政府は高層ビルの緊急点検を命じ、現場監理の強化を進めることになった。

バーツ高輸出と観光を圧迫 金取引も要因に

2025年のタイ経済を語る上で外せないのが、歴史的なタイ通貨・バーツ高だ。バーツは対ドルで上昇基調を強め、輸出と観光に依存するタイ経済には逆風となった。背景には米ドルの弱含みや金価格の高騰、資金流入の増加などが重なったことがある。タイ中銀総裁は、金の売買に伴う資金流入がバーツ高の要因になり得るとの見方を示し、制度面の整備を財務省に提案した。12月には中銀が政策金利を引き下げたが、今後、景気減速と通貨高圧力の双方に対応する難しいかじ取りを迫られている。

通貨高は輸入コストを下げる利点がある一方、輸出企業の採算を圧迫し、農産物やゴムなど価格競争が激しい品目で近隣国に後れを取る。観光業では割高感が滞在短縮や支出減につながり、回復基調に冷や水を浴びせる。在タイ日系企業にとっては円建て利益を圧縮させることになる。

タイ南部と北部で大洪水 物流インフラが無力化 政策再設計へ

2025年は南北で大規模水害が相次ぎ、「水が経済を止める年」となった。11月、南部ソンクラ県ハートヤイは豪雨に襲われ、市街地が広範囲で浸水した。最大で3㍍近い冠水が報じられ、交通と商業が麻痺。ハートヤイ国際空港の閉鎖、鉄道や幹線道路の寸断が重なり、南部物流の要衝としての機能が失われた。ホテルや小売店、飲食店は休業を余儀なくされ、観光地としての稼ぎ時も吹き飛んだ。被災の長期化は、家計の生活再建と中小事業者の資金繰りを同時に圧迫し、復旧費用と補償を巡る行政負担も膨らんだ。

一方、北部チェンライ県メーサイでも5月と7月、洪水と泥流が繰り返し発生。山間部からの土砂を含む濁流が住宅や道路を覆い、住民は清掃と再建に追われた。軍が泥の除去や物資輸送を支援したが、排水設備や河川改修、砂防の遅れが露呈した。2024年の教訓を生かしたはずの対策が、想定を上回る雨量と土砂崩れの連鎖で無力化されたことは、住民の失望を招いた。

両地域に共通するのは、気候変動による豪雨の常態化と、都市計画・土地利用のゆがみが被害を増幅した点だ。排水路の容量不足、低地への開発集中、上流域の森林減少や農地開発など、流域全体の管理が追い付いていない。

水害は「自然災害」にとどまらず、観光収入の減少、農産物流通の滞り、企業活動の停止を通じて景気を押し下げる。また、保険料の上昇や設備投資の追加負担も企業にのしかかり、地域経済の回復力を削る。特にハートヤイは、マレーシア方面への玄関口として国境貿易や広域流通を支えており、ここが止まると、周辺県の生鮮品や加工食品が市場に届かず、価格の乱高下を招く。工業団地や倉庫の浸水は在庫損失を生み、復旧の遅れは雇用にも響く。2025年の洪水は、治水を土木だけでなく土地利用規制、保険制度、金融支援まで含めた政策として再設計すべきとの課題を政府に突き付けた。

タクシン元首相が再収監「二重基準」批判に憲法裁が不正認める

2025年は、タクシン元首相を巡る司法判断が再び政局の中心に据えられた年でもあった。最高裁は9月9日、未消化の刑期を全うすべきだとして即時収監を命じ、元首相は再び刑務所の門をくぐった。亡命生活に終止符を打った2023年8月のタイ帰国直後から病気を理由に警察病院の特別室で過ごし、実質的に収監を免れていた扱いに対し、国内では「司法の二重基準」との批判が根強かった。その後、裁判所は当初の入院手続きに不正があったとの告発を認め、刑の執行を厳格に戻す判断を示すことになった。

タクシン氏は依然としてタイ貢献党の精神的支柱であり、その不在は党内の求心力低下を露呈。娘ペートンタン氏の首相失職と重なったことで、党勢は二重の打撃を受け、次期選挙を前に戦略の再設計を迫られている。

アヌティン新政権短期間で「政権発足」「下院解散」

2025年後半のタイ政治は、短期間で「新政権の発足」と「下院解散」まで進む異例のスピードを見せた。ペートンタン首相の失職を受け、9月に第32代首相に就任したタイ威信党のアヌティン党首であるが、連立政権の議席は過半数に満たず政権基盤は脆弱だった。政権樹立後も協力関係にある政党との間で憲法改正の方向性、政策の優先順位を巡る主導権争いが激化し、意思決定は停滞した。

国境情勢の緊迫化、洪水対応、治安不安、景気減速と通貨高など同時多発的な危機が政策の足場を奪い、さらに、政府の憲法改正案に異議を唱える最大野党が不信任に向けた構えを強めたことで、12月12日、アヌティン首相は突如として下院解散を宣言。首相は「主権を国民に返す」と説明したが、連立内の不協和音が修復不能に達したとの見方が支配的だ。選挙管理委員会は2026年2月8日の総選挙実施を発表しており、政治は再び選挙モードへ入ることになった。

伸長する中国EV日系はハイブリッドで巻き返し

2025年、タイの自動車市場は中国系電気自動車(EV)の伸長によって勢力図が大きく動いた。比亜迪(BYD)や長城汽車(GWM)などが新モデル投入の速さと価格競争力を武器にシェアを拡大し、販売・登録台数を急激に伸ばした。また、市場では値下げ競争が続き、消費者の選択肢は一気に拡大。リースやローン、充電サービスといった周辺ビジネスも整備が進み、EVは一過性のブームを脱しつつあるとの声も出ているが、先行き不透明感を完全に払しょくするには至っていない。

政府のEV優遇策(EV3.0、EV3.5など)を追い風に中国勢はタイ国内工場の稼働を本格化させ、部材の現地化やサプライヤー開拓を加速。これにより雇用や投資は生まれるが、サプライチェーンの主導権が中国企業へ移る懸念は色濃い。日系メーカーはハイブリッド車(HEV)で巻き返しを図る一方、価格競争とモデルサイクルの速さに対応を迫られており、部品メーカーでは電動化投資や人員調整に直面している。

急拡大の裏で課題も表面化した。激しい値下げは販売店の収益を圧迫し、中古市場では残価の不確実性が高まった。品質・アフターサービス、部品供給、電池リサイクル、充電インフラの安定運用など「普及後の課題」は山積。EV普及は環境政策とも連動するが、発電の燃料構成や電池の回収制度が整わなければ脱炭素効果は限定的になる。

一方、タイが輸出拠点となれるかも焦点だ。域内各国も誘致を進める中、タイは部材現地化と人材育成、電池周辺産業の集積が不可欠。日系企業は販売店網の再編やソフト更新、充電サービス連携など、従来型からの転換が求められる。タイの自動車王国が次の10年も中核であり続けるかは、2025年に始まった地殻変動への対応にかかっている。

シリキット王太后陛下崩御公務員は1年間、市民は90日の喪服

10月24日、タイ王室事務局はシリキット王太后陛下が93歳で崩御されたと発表した。約70年間にわたり故プミポン前国王(ラマ9世)を支え、タイ国民から「国母」として敬愛された陛下の崩御を受け、タイ全土は深い悲しみに包まれた。政府は公務員・国営企業職員らは1年間、一般市民は90日間喪に服することを決定。黒い服に身を包んだ弔問客が王宮前に列をなし、その列は数㌔に及んだ。

シリキット王太后は、伝統工芸の振興(サポート財団)や自然保護、そして農村地域の生活向上に多大な貢献をされた。

オンライン詐欺多発AIによる偽装など手口が巧妙化

2025年、タイ社会を最も不安に陥れた治安課題の1つがオンライン詐欺の多発だ。SNS広告やメッセージアプリを通じた投資詐欺、なりすまし、偽ECが急増。被害は一般市民だけでなく企業の財務担当者や高齢者にも広がった。被害総額は過去最高水準に達したとされ、単なる「個人の注意」では防げない国家課題へ変質している。手口は巧妙化し、AIによる音声偽装、警察や電力公社を装ったビデオ通話など、従来の詐欺対策の常識を超える例が目立った。

背景として浮上したのが、ミャンマーやカンボジアの国境地帯に形成された大規模拠点の存在だ。法執行が及びにくい特区や国境周辺に国際的な詐欺グループが集積し、送金・暗号資産・SIMを組み合わせて資金を移動させる。人身取引を伴う強制労働の問題も指摘され、被害者救済と犯罪撲滅を同時に進める難しさが露呈した。

政府は摘発と資産凍結、サイバー犯罪対策センター(AOC)の機能強化、口座の即時凍結や本人確認の厳格化を進めたが、犯罪組織は拠点を移し、手口も変えるため摘発が難しい。そして、対策を強めるほど、市民生活の利便性と監視強化の綱引きも生じる。

今後の焦点は、金融・通信・司法の連携を実務で噛み合わせられるかにある。送金段階での不正検知と凍結までの短縮、銀行間の警戒共有、SIM登録管理、詐欺電話遮断、広告審査の徹底が鍵となる。啓発も単発の注意喚起では足りず、脆弱層向け支援、相談窓口の一本化、被害後の心理・債務支援まで含めた体制が必要だ。国境拠点を封じるには周辺国との共同捜査と外交交渉が不可欠。オンライン詐欺の蔓延はデジタル経済の信頼基盤を揺るがすため、タイ政府は喫緊の対応が必要としている。

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