保護主義にシフトする⽶トランプ政権 アジアを舞台とする通商枠組み⾒直しで注視されるFTA

米トランプ大統領が米国の貿易赤字削減や国内産業保護を目的に発動した相互関税。多国間枠組みを軽視するトランプ政権の措置により今後世界市場は不透明な通商環境を余儀なくされることになった。
トランプ米大統領が4月2日発表した「相互関税」でタイは36%という高関税を課せられることになった。その後、90日間の猶予期間が設けられており、対米貿易黒字の大きいタイは関税引き下げ、非関税障壁撤廃、米国産品輸入拡大を相互関税引き下げ・撤回の交渉材料とする考えだ。しかし、タイは中国との関係が深いため、米国に対する過度の妥協は中国側の反感を招く可能性もある。そのため、米国と交渉する一方で、アジアを舞台とする経済圏の強化・再構築も進めていくことになる。
米国を除く経済圏を再構築する上で重要となるのが、特定の国・地域間で関税や非関税障壁などの削減・撤廃を目的とする協定である「自由貿易協定」(FTA)の有効利用だ。米国が保護主義的な動きを加速するなか、コスト削減のためのFTA利用は非常に重要な手段となる。
タイが締結しているFTA
タイが現在、2国間でFTAを締結している国・地域は、日本、オーストラリア、ニュージーランド、ペルー、インド、チリ、ブータン、欧州自由貿易連合(EFTA)となる。また、タイが加盟国しているASEANの枠組みとしては、ASEAN、日本、中国、インド、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、香港となっている。タイは積極的にFTAを締結しており、FTA カバー率(往復貿易)を2022 年の60.9%から2027年には80%まで引き上げることを目指す。なお、タイの2024年におけるFTA締結状況であるが、締結済・交渉中は往復貿易74.9%、輸入のみ78.8%となっているが、輸出のみは54.5%に止まる。検討中を含めた場合、輸入は80%となり目標値に達するが、往復貿易は77.1%、輸出は57.7%と目標達成が難しい状況。米国とFTAを締結していないことが大きいとされているが、保護主義にシフトする⽶トランプ政権が、第2次トランプ政権となり、先行き不透明感はさらに強まることになった。
⽇系企業のFTA利⽤状況
ASEAN10カ国、日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドが加盟する「地域的な包括的経済連携」(RCEP)域内における日系企業の域内輸出・調達比率(貿易額/ 2024 年)であるが、アジア・オセアニア進出日系企業実態調査(ジェトロ)によれば、在タイ日系企業のRCEP域内輸出比率は75.8%、RCEP域内調達率は96.4%、タイ現地調達は58.4%となり、いずれもASEAN全体の平均を上回る。特に現地調達はASEANの中でタイが最多となる。
FTA を使う一番の理由はコスト削減に寄与するためだ。そのため、助川教授は、FTA の「使い漏れ」をなくすことが収益向上の鍵と指摘する。在ASEAN日系企業のFTA利用率の推移をみると、2006年には2割弱だったものが、その後、急増。24年のジェトロ調査では6割の企業が輸出入で利用するようになった。
日本とタイの貿易では、RCEP、日・タイ経済連携協定(JTEPA)、日・ASEAN 包括的経済連携(AJCEP)協定の中で最も有利なものを使い分けることになる。日・タイの場合、自由化率が最も高いのはAJCEPで96.9%。これに、JETPAの93.8%が続く。2022年1月1日に発効したばかりのRCEPは88.5%に止まり、完全引き下げが完了していないが、最終的には参加国の多いRCEPを使うことになりそうだ。
FTA利⽤・⾒直しに積極的な中国
米国が保護主義に走るなか、タイは中国との関係強化を並行して行う可能性が高い。まず、ASEAN域内の貿易額における中国のシェアであるが、ACFTA が発効した2005 年と2023 年を比較した場合、全てのASEAN加盟国にとって中国の存在感が拡大しているのが分かる。タイに限ると輸入で15.1%、輸出で3.7%拡大している。ここで中国の評価すべき点は、締結後も再交渉をしてより使い勝手のいいものに変えていることだ。この点は締結後の動きの少ない日本との違いとなっている。そのせいもあり、タイにおけるFTA利用輸入(2023 年)は、中国からのものが他の国と地域を圧倒する。タイ商務省貿易交渉局によれば、2023年のタイ輸入額は約527億米㌦。国・地域別最多は中国でシェアは46.9%に達する。これに続くのがASEAN の23.7%で、日本は18.5%で第3位となる。
FTA利⽤でタイEV市場を拡⼤する中国
タイが2023 年にACFTA利用して輸入した品目のうち、トップがバッテリー式電気自動車(BEV)だ。ACFTAを利用した中国からのBEV輸出であるが、輸入国が課している関税はインドネシア50%、フィリピン30%、ベトナム50%であるのに対し、タイは2010以降、無税となっている。そのため、タイの自動車産業における中国製BEVの販売台数シェアは22年の1.2%から24年は11.7%に上昇した。タイ政府は輸入に頼ることなく、次世代自動車産業を育成していきたい考えであるが、かといって米トランプ政権のように中国に対し再度関税を課すことはできない。そこで、タイ政府はEV振興策を発表。一定の条件を容認した企業はタイ物品税局とMOU締結することで補助金などの恩典を受けることができるようにする一方で、タイ国内生産を義務化した。具体的にはEV生産開始年に応じて輸入台数の1 ~ 3倍の生産を必須とした。ただ、ここで問題となるのが、全メーカー各工場の生産能力を合計すると、単純計算で約400万台に達してしまうため、現状、自動車生産の設備稼働率が低下している点だ。2024年の設備稼働率は50%程度で推移したが、
一般には8割程度の稼働率がないと利益を上げられないとされる。タイ国内販売市場をみると、タイ工業連盟およびタイ国トヨタ自動車によれば、24年のタイ国内自動車生産台数(乗用車・商用車)が146万9000台であるのに対し、国内販売台数は57万3000台に止まり、15年ぶりに60万台を割ってしまった。2025年も同程度の販売台数とみられるなか、400万台の生産能力は完全に過剰。輸出台数を増やすにしても、過当競争激化は避けられそうにない。
このため、2024年12月、中国メーカーが、生産ノルマの緩和をタイ政府に陳情。期限延長は認められたが、義務とされる生産台数はメーカーによっては増えることになった。
中国からタイに自動車を輸出するのは中国メーカーだけではない。マツダは今年2 月、タイをハイブリッド車(HEV)拠点化するとともに、BEV については同社中国拠点である長安マツダ汽車製造の「マツダ6e」をタイに輸入すると発表した。タイ国内で生産しないため補助金を受けることはできないが、中国からFTA を利用して輸入すれば、タイでの設備投資は必要なく、しかも無税で輸入できる。このマツダ方式は注目されており、他の在タイ日系メーカーにとっても、HEV はタイで生産し、BEV は中国から輸入することが選択肢に挙がる可能性もある。さらには、タイで生産された中国メーカーのBEVが、タイで40%の付加価値を付けることでタイ産BEVとして認められれば、FTAを利用することで大半のアジア地域に無税で輸出することができる。トランプ相互関税の今後の動向次第では、FTA を有効利用したアジア経済圏再構築が進むことになりそうだ。