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【貿易】相互貿易協定枠組で米国からタイへの圧力増 「稼ぐ産業」への転換が課題

タイ商業会議所副会頭でタイ未来食品貿易協会会長のウィシット・リムルーチャ氏は、米国との新たな「相互貿易協定枠組み(Framework for an Agreement on Reciprocal Trade)」について、タイ農業と食品産業にとって「大きなチャンスである一方で、構造的な圧力にもなる」と警鐘を鳴らす。

米ホワイトハウスが10月26日に公表した共同声明によると、この枠組みでタイは、米国からの工業製品や食品・農産品など約99%の品目について関税を撤廃。一方、米国側はタイ産品に課している平均19%の「相互関税」を維持しつつ、一部品目でゼロ関税への引き下げを検討するとしている。タイはさらに、飼料用トウモロコシや大豆、エネルギー、旅客機などの商業契約を拡大する方向で協力することで合意した。

ウィシット氏は、この枠組みがまだ法的拘束力を持つ最終協定ではなく、今後、農業・市場開放・デジタル貿易・環境・労働など幅広い分野で詳細交渉が必要であり、最終的にはタイ議会の審査も経なければならないと指摘する。

同氏は影響と対策を、次のように整理する。

❶米国の食品・農産品に関する基準は目新しいものではなく、すでに世界標準になっているという点。米農務省(USDA)や食品医薬品局(FDA)の基準に加え、食品安全強化法(FSMA)やHACCP、GMP、原料のトレーサビリティ(追跡可能性)などは、世界の大手バイヤーが共通して求める条件となっており、タイの大手輸出企業の多くがすでに順応し始めている。

❷タイが米国産品の99%の関税をゼロにすれば、機会と同時に強い競合圧力も生じる。とくに家畜飼料用トウモロコシや大豆、肉、乳製品などは米国からの大量輸出で価格が下がり、タイ農家の収入や国内需給バランスが崩れる懸念がある。このため、科学的根拠に基づくSPS(衛生・植物検疫)やTBT(技術的貿易障害)のルールを活用しつつ、季節や国内生産量に応じて輸入量を管理する「輸入コータ制」の導入などが必要となる。

❸他国の事例として、日本、韓国、メキシコなどは農業分野の関税撤廃に踏み込む一方で、数量管理や厳しい品質基準を組み合わせることで、自国農家の急激な打撃を和らげている。これを踏まえ、タイもコメやサトウキビなど主要作物は市場開放のスピードを慎重に設計すべきだ。

❹環境基準が今後の競争力の鍵になる。原産地証明、温室効果ガス排出削減、持続可能な水資源や森林の利用といった環境要件は、生産コストを押し上げるが、欧州連合(EU)のCBAM(炭素国境調整メカニズム)や、労働・環境条項を重視する日欧・米欧市場への輸出では、これらを満たさないとアクセス自体が難しくなる恐れがある。

❺競争はもはや価格だけでなく「基準を守る信頼性」で決まる時代になった。労働権保護、児童労働の禁止、データ移転やデジタル課税のルールなども協定に盛り込まれつつあり、農業・食品企業も、単に安く作るだけではなく、国際ルールを守る企業であることを示さなければならない。

❻中堅貿易国には「No Real Exit Option(抜け道のない現実)」がある。すなわち、米国が提示する基準を全面的に拒否すれば、最大の輸出市場へのアクセスを失いかねない一方、受け入れれば国内農業への打撃は避けられない。2024年時点で、米国はタイにとって最大の輸出市場であり、輸出額は約488億ドルで全体の17%強を占めるとされるだけに、単純な二者択一は難しい。

これらの影響を踏まえた上で同氏は、タイが選ぶべきは「交渉から降りることではなく、どのように調整するかだ」として、政府と産業界に対し、次の3つの対応を提案した。

❶タイの食品・農産品の基準をグローバル水準に引き上げる。具体的には、USDAやFDA、EU当局が定める基準に対応できるよう、工場や農場への技術支援、トレーサビリティや低炭素生産のためのデジタル投資を政府が後押しする。

❷中小企業や農家への技術支援と人材育成を強化。安全認証の取得や高度なパッケージング技術、たんぱく質強化食品など「フューチャーフード」「機能性食品」への転換を支える相談窓口や資金支援を整える。

❸米国を含む海外企業との戦略的パートナーシップを構築。米国はすでにタイ農産物の主要な輸出市場であり、タイからの農産・農産加工品輸出は2024年に約521億ドルに達している。今後は米系食品・物流企業との共同投資や技術提携を通じて、タイをアジアの「次世代食品ハブ」として位置付けていく。

一方、米国はタイ産アルミや自動車部品への高関税や新たな報復関税も視野に入れており、タイ側の譲歩を迫る構図が続く。ウィシット氏は、こうした厳しい環境だからこそ、タイは農業を「守る産業」から「稼ぐ産業」へと転換しなければならないと強調。相互貿易協定枠組みはその試金石となり、タイ農業が国際基準と真正面から向き合う出発点になると強調する。

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