【社会】タイ南部大洪水の死者が267人に拡大 保健省は被災者の心のケアを重要課題に
タイ南部を襲った記録的豪雨と洪水の被害が深刻さを増している。保健省によると、12月2日時点で南部8県の死者は合計267人に達し、このうちソンクラ県が229人と大半を占めた。県都ハートヤイ郡だけで142人が死亡しており、同地域が今回の災害で最も大きな打撃を受けたことが浮き彫りになった(死者数は政府発表。民間の推計は1000人超)。
死者の内訳は、ソンクラ県以外でもナコンシータマラート県10人、トラン県3人、パタルン県4人、サトゥン県3人、パッタニー県9人、ヤラ県5人、ナラティワート県4人などとなっている。被災者は南部12県で数百万人規模に達し、住宅や道路、電力網などのインフラ被害も広範囲に及ぶ。
犠牲者の身元確認と遺体の取り扱いは、ハートヤイのプリンス・オブ・ソンクラ大学(PSU)医学部と警察庁が中心となって進めている。同大学の法医学センターには各地から多数の遺体が搬送され、警察の捜査官と医師が連携して検視や死因究明、身元確認を行っている。
身元確認のプロセスは、状況に応じて3つのグループに分けられる。第1は、地域病院から送られてくるグループで、すでに身元が判明し、死亡診断書が発行されているケース。第2は、氏名は判明しているが、外表所見や検死、指紋照合など4段階の手続きを経て確認を行うグループで、確認後に遺族へ引き渡される。第3は、身元不明または身元に疑義があるケースで、DNA鑑定や歯牙鑑定など高度な法医学的手法を用い、結果が出るまで遺体を適切に保管する。いずれも、専門委員会の承認を経てから遺族に引き渡す。
一部では「遺体安置用の冷蔵庫トラックが何台も並び、死者数が実際より多いのではないか」との噂も広がったが、ハートヤイ病院の院長は、トラックは収容効率や作業動線の都合から複数台を運用しているにすぎず、公式統計を超える遺体があるわけではないと説明する。保健当局者も、すべての遺体について死亡診断書と身元情報を整備しており、最終的には全員の身元が確認可能だと強調している。
同時に、被災者の心のケアも重要な課題となっている。保健省は精神健康危機対応チーム(MCATT)を現地に派遣し、これまでに7340人の被災者のメンタルヘルス状態をチェック。その結果、強いストレス反応がみられた人は269人、自殺リスクが高いと評価された人は65人に上り、126人が専門治療へ移された。長期避難や家族の死が相次ぐ中で、PTSDやうつ病の増加が懸念されている。
保健省と地方自治体は、洪水の引き際に広がりやすい感染症への警戒も強めている。特に、レプトスピラ症(いわゆる「ネズミ尿病」)や下痢、皮膚感染症など、水害に伴って増える疾患への対策として、医師や看護師の巡回診療、予防啓発、飲料水の確保などを急ぐ。
今回の洪水は、産業集積地や港湾、空港への直接的な被害こそ限定的とされるものの、物流網の寸断により物資輸送や通勤に大きな支障をきたした。日本企業にとっても、南部拠点の従業員の安全確保やサプライチェーンの迂回ルート確保、災害時の情報共有体制など、事業継続計画(BCP)の見直しが迫られている。気候変動の影響で極端な気象災害が増えるなか、今回の南部水害は、タイで事業を展開する企業にとってリスク管理の重要性を改めて突きつける事例となった。
