【政治】タイ・カンボジア国境紛争激化 カンボジアが先制攻撃 タイ政府が避難指示、軍事行動本格化
タイとカンボジアの国境で銃撃戦が相次ぎ、局地的な衝突が国境線全体に広がる様相を見せている。タイ陸軍第2軍管区は、国境に接する4県の住民に対し避難を呼びかけるとともに、政府は国家安全保障会議(NSC)と閣議を通じて「必要なあらゆる軍事行動」を容認する方針を確認した。民間地域にもカンボジアからのロケット弾が着弾しており、国境地域の緊張は一段と高まっている。
タイ陸軍によると、発端は12月7日午後のシーサケート県での銃撃戦。同日14時15分ごろ、第2軍管区配下の第13歩兵連隊(第1戦闘団)が、シーサケート県プーパーレック―プラーンヒン・ペートコン一帯でカンボジア軍と交戦した。タイ側で山岳地帯の基地から検問所への道路改修作業を行っていたところ、カンボジア軍兵士が鉄条網付近まで接近し、小銃で警備部隊に向けて一方的に発砲した。
この攻撃でタイ兵2人が負傷した。うち1人は脚を被弾し、もう1人は防弾チョッキの胸部に銃弾を受け打撲傷を負った。その後、負傷兵は現地の出張医療施設を経てカンタララック病院へ搬送された。カンボジア側は途中から無反動砲(recoilless rifle)も使用。タイ側も応戦し、交戦は同日14時50分ごろにいったん収束した。それでも第2軍管区は「状況はなお不安定で、衝突が拡大する恐れがある」と判断。ブリラム、スリン、シーサケート、ウボンラチャタニの4県の国境沿い各郡に対し、事前に定めた計画に基づく避難センターへの移動を呼びかけた。
翌8日未明には戦闘がさらに広範囲に拡大。第2軍管区の報告によれば、同日5時台から6時台にかけて、シーサケート県の複数地点でカンボジア軍が攻勢を強めた。そのため、第2軍管区は「タイの主権を侵害させないため、国際的な交戦規則に従いつつ断固として応戦する」と発表するに至った。
戦闘は軍事拠点にとどまらず、民間地域も巻き込みつつある。陸軍広報のソーシャルメディアによると、8日、ブリラム県バーンクルワット郡内の村落周辺に、カンボジア側が発射した多連装ロケット砲BM-21の弾頭が着弾。現時点では負傷者や死者の報告はないが、前線一帯で緊張が高い状態が続く。
こうした情勢を受け、アヌティン首相兼内務相は、タイテレビネットワークを通じて国民向けの談話を発表。同首相は「12月7日以降、タイ・カンボジア国境の複数地点で武力衝突が発生しており、政府は一貫して状況を注視し、治安当局に対し総力を挙げて国民の安全と国家主権を守るよう指示している」と説明した。
首相は、タイが国際法に基づき領土保全と主権を守る強い決意を持つことを改めて強調。そのうえで、国家安全保障会議(NSC)が開いた会合で「発生している状況に応じ、あらゆるケースにおいて必要な軍事行動を取り得る」との方針を承認したことを明らかにし、「必要に応じてその他の軍事行動も実施する」と説明した。
同時にアヌティン首相は、タイ軍の能力に対する「揺るぎない信頼」を示しつつ、軍が武力行使の規則を厳格に守り、人道原則を尊重しながら国民保護と国境の秩序維持に当たっていると強調した。また、国境地域から一時的に避難を余儀なくされている住民に対し「深い懸念と連帯の気持ち」を表明し、避難センターにおける住環境、食料・飲料水、医療サービス、必要な福祉を各機関が全力で確保するよう指示したことを報告した。
情報面では、偽情報や憶測が混乱を招くことを警戒し、「国民は政府の公式なルートからのみ情報を得てほしい」と呼びかけた。具体的には、国防省と外務省を中心に全ての軍種・治安機関と連携し、対外発信される情報の正確性と一貫性を確保するとしている。
9日にはタイで閣議が開かれ、前日の国家安全保障会議の決定を踏まえ、タイ・カンボジア国境の戦闘状況を引き続き追跡する方針を確認。あわせて外務省は、カンボジアに対する今後の対応を国際法の枠組みの中で検討するための委員会設置について閣議の承認を求める見通しだ。外交ルートを通じた問題解決の可能性も探る構えであり、衝突は軍事面だけでなく外交面でも新たな局面に入りつつある。
アヌティン首相は、「タイは暴力を望んだことはなく、決して先に攻撃を仕掛けたこともない」とする一方で、「主権の侵害は決して容認しない」と明言。そのうえで、政府と軍は「合理的かつ慎重に、平和・安全保障・人道の原則を最優先に対応する」とし、国民に対しては政府とタイ軍の能力を信頼し、今回の軍事行動を支えるよう呼びかけた。
国境地域では今後も緊張が続くとみられ、避難生活の長期化や越境交易・観光への影響も避けられない可能性が高い。政府は軍事・外交の両面で事態収束を模索する一方、国民の安全確保と正確な情報提供が問われる局面に立たされている。
