【政治】タイ憲法裁がペートンターン首相失職を認定 私的通話で重大な倫理違反
タイ憲法裁判所は8月29日、ペートンタン・チナワット首相兼文化大臣について、カンボジア上院議長のフン・セン前首相との通話をめぐる音声流出問題に関連し、重大な倫理規範違反があったと認定。憲法第170条および第160条に基づき、首相としての地位は失われると判断した。効力は同裁が職務停止を命じた7月1日にさかのぼり、同判決により内閣全員が地位を失うこととなった。今後はプームタム副首相兼内相が一時内閣を率い、国会が新首相を選出するまで政権運営を担う。
この審理は、上院議員36人が請願したことを受けて行われた。問題となったのは、2025年6月18日に公開されたペートンタン首相(当時)とフン・セン上院議長との通話音声。ペートンタン氏はここでフン・セン前首相を「おじさん」と呼び、「おじさんが望むものはすべて用意する」「タイ軍は私たちに対峙する勢力」など従属的とも感じられる発言を繰り返した。首相は音声が自らのものであることを認めたものの、「個人的な電話であり、穏便に交渉して平和と主権を守ろうとした」と訴えたが、請願者側は「首相としての責務を果たさず、国際交渉や必要な措置を講じなかった。カンボジアに同調的で、国家利益を損ねた」と糾弾した。
憲法裁は最終的に、首相が示した行為は「誠実さを欠き、重大な倫理基準に違反した」と結論づけたほか、タイ軍幹部に対して不適切な発言を行った点や、過度に融和的であった点も問題視した。
裁判の経緯を振り返ると、憲法裁判所は7月1日、満場一致で請願を受理し、7対2の多数決でペートンタン氏の暫定的な職務停止を命じていた。その結果、同氏は約2か月間にわたり首相職を停止され、歴代首相の中で最も長期間にわたり憲法裁から職務停止命令を受けた人物となった。
今回の判決でタクシン一族から輩出された首相が司法や軍事によって退陣に追い込まれる政治史にまたひとつ事例が加わった。ペートンタン氏は就任から329日で失職することとなった(セーター前首相は358日で失職)。
今後の流れであるが、次期首相が選出され、新たに組閣することになるが、首相選びは難航が予想される。現在の規定では、2023年総選挙前に届け出た候補者から新首相を選ぶ必要があり、タイ貢献党のチャイカセム元法相、タイ威信党のアヌティン党首、タイ団結立国党のピラパン党首、民主党のチュリン前党首、さらには政界を引退したプラユット前首相に首相候補としての資格があるが、連立工作の行方は不透明だ。
今後の政局については三つのシナリオが想定される。第一はタイ貢献党を中心に過半数議席を確保して組閣するケース。第二はアヌティン党首を中心に野党勢力が新たに連立するケース。第三はどの勢力も過半数を確保できず、一時内閣が長期化するか解散総選挙に進むケースである。いずれにしても交渉には時間を要し、財政出動や通商交渉、関税対応など政策課題の遅延が避けられない。景気減速と輸出環境の逆風が続くなか、政治の停滞は成長の下振れリスクを高める要因となる。
