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2023年タイ主要ニュース ~ コロナ禍収束に向かうも揺れに揺れた政局

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タイ下院総選挙で野党・前進党が⼤躍進

3 月20 日にタイ下院が解散され、小選挙区400 議席、比例代表100 議席の計500 議席を選ぶ総選挙が5 月14 日投開票で行われた。その結果、中央選挙管理委員会による翌15 日の選挙結果発表(非公式、開票率約98%)で革新的政策を掲げる野党(当時)・前進党が150 議席と大躍進を遂げ、第1党となる。タクシン元首相派の野党(同)・タイ貢献党が141 議席で次点となった。これに対し、親軍部の政権党(同)・国民国家の力党は41 議席と大きく後退。プラユット首相兼国防相(同)の所属するタイ団結立国党も36 議席と振るわなかった。結局、親軍部政権側にいた政党はすべて敗北という結果になった。投票率は75.22%となり、前回(2019 年)総選挙の74.87%を上回る過去最高を記録した。

  4 月下旬、スアンドゥシット・ラチャパット大学が発表した世論調査結果では、「タイ貢献党」が41.37%の支持を得て一番人気。「前進党」は19.32%に止まっていたが、その後、タイ貢献党が親軍部政権との共闘の可能性を匂わせたことで支持率が低下。逆に前進党の人気が高まっていった。

ただ、総選挙で勝利した政党党首が首相に指名されるわけではないのが日本と違うところ。タイの憲法規定により2024年5月までは新下院議員500 人だけでなく、軍政下で選ばれた上院議員250 人も投票権を持ち、首相に指名されるためには上下両院議員の過半数の支持が必要となる。そして、親軍部派が大半を占める上院議員の多くが、前進党が不敬罪を規定した刑法112 条の改定を求めていることを理由に首相指名選挙でピタ同党党首に投票しないと明言することになった。

上院議員への対応に苦慮するなか、前進党のピタ党首は、タイ貢献党など野党(同)8 党による連立政権樹立構想を発表。議員数は下院過半数を超える313 人となり、通常なら安定多数で問題なく首相に指名される状況だった。しかし、親軍部政党の存続を狙う上院議員陣営は、ピタ党首に圧力をかける。まず、国民国家の力党関係者が「ピタ党首は法律に違反してメディア株(4 万2000 株)を保有しながら総選挙に立候補した」として中央選挙管理委員会に訴えを起こす。しかしピタ党首は、父親が株式を保有したまま他界しているため自身は遺言執行人になったに過ぎず、株は相続していないと主張。前回(2019 年)の総選挙前に中央選管に説明して許可を得ていると説明した。このメディアはテレビ局iTV のことであるが、同局は休眠状態でメディア活動に現在従事しておらず、メディア株とはいえないとの見方も出ていた。

先行き不透明感が濃厚となるなか、第1回目の首相指名選挙が7 月13 日に行われるが、唯一立候補したピタ党首は上院議員249 人のうち13 人の支持しか受けることができず、首相指名獲得に失敗。上院議員の多くがピタ党首を支持しなかった理由として、前進党が不敬罪を規定した刑法112 条の改正を掲げていることを理由としているが、“本音”は親軍部政党の政権樹立を狙ったとの見方が支配的だ。

7 月19 日に行われるはずだった第2 回首相指名選挙てでは、国会規則が「拡大解釈」され、ピタ党首の再推挙自体ができなくなり、投票が延期される。複数の法律専門家はこの再推挙却下に反発。行政監察官(オンブズマン)事務所は24 日、憲法裁判所に判断を仰いだが、憲法裁はこの訴えを棄却する。これでピタ党首の首相就任の道は完全に閉ざされることになった。   その後、総選挙で第2党となったタイ貢献党と第3党・タイ威信党が、前進党を外した連立政権樹立で合意する。閣僚ポストを約束することで、国民国家の力党、タイ団結立国党など親軍部政党も引き入れ、タイ貢献党を含む11 党は8 月21 日、314 議席を擁する連立政権構想を発表。タイ貢献党のセーター氏を首相候補として支持する方針を確認した。

セーター⽒が第30代⾸相に就任

首相指名選挙の第2回投票は8 月22日に行われ、タイ貢献党が推す大手不動産会社の元CEOであるセーター氏(61)が上下両院議員の6 割以上となる482 人の賛成票を得て第30 代首相に選出された。今回は上院議員152 人が賛成票を投じている。

9月5日にはドゥシット宮殿で、国王王妃両陛下ご臨席のもと新閣僚の宣誓式が執り行われ、セーター首相率いる新閣僚が出席。これで正式に新内閣が発足し、プラユット暫定内閣はその役目を終えることになった。

一方、タイ貢献党の首相候補のひとりだったペートンターン氏(タクシン元首相の末娘)は4月18日の記者会見で、2006年と2014年の軍事クーデターに関与した者と同党が手を組むことはないと明言。同党のチョラナン党首(当時)も4月28日に行われた演説会で「親軍部政党である国民国家の力党と連立を組むようなことがあれば、私は党首を辞任する」と公言していた。このため、タイ貢献党を2021年10月から率いてきたチョラナン党首(同)は8月30日、この公約を果たすため党首を辞任している。なお、ペートンターン氏は10月27日、タイ貢献党党首に選出されており、タイ貢献党にとって初の女性党首となった。

タクシン元⾸相が15年ぶりにタイ帰国

 タクシン元首相(74)は8月22日、プライベートジェトでドンムアン空港に到着。15年ぶりのタイ帰国となった。同元首相は犯罪人であることから最高裁判所に移送。禁固8年の刑を言い渡され、そのままバンコク特別拘置所に収監された。

ただ、収監初夜、体調が悪化したとして、バンコク中心部の警察病院VIP ルームに移送。その後、ワチラロンコン国王の恩赦により刑期が8年から1年に減刑されている。

12月に入り法務省は、「受刑者は刑務所以外の場所でも服役できる」とする新規則を全国の知事に通達。「警察病院VIP ルームに入院中のタクシン元首相のために打ち出された新規則」との見方が支配的であるが、年明けには仮釈放の上申書提出も可能になることから、自宅で服役となる可能性が高まっている。

タクシン元首相はニューヨーク訪問中の2006年9月に軍事クーデターで首相の座を追われ、そのまま帰国せず英国などに滞在していたが、08年に帰国し、汚職容疑で裁判にかけられた。しかし同年8月、裁判所の許可を得て北京を訪問したまま帰国せず、事実上の亡命生活を続けていた。

インフレ率低減するも家計債務は⾼⽌まり

タイ市民からは物価高への不満を頻繁に耳にするが、2023 年のヘッドラインインフレ率は低減傾向にあり、11月は過去33カ月での最低値となった。この背景にはエネルギー価格安定化のほか、比較対象となる前年(22年)のインフレ率が高かったこともあるため、物価が下がり暮らしやすくなったとまでは言い切れない。例えば、タイ人が最もよく使う食材のひとつである鶏卵は高値が続いており、東北部コンケン県で20 年以上前から鶏卵を扱っているワンチャイさん(65)は、「これほど値上がりしたことはない」と驚いていた。

タイ中央銀行はインフレ対策として政策金利(翌日物レポ利)を2022年8月から継続して引き上げており、10月11日の金融政策委員会(MPC)で政策金利を0.25 ポイント引き上げ、過去10 年で最高の2.5%とすることを決めた。ただ、11 月29 日のMPCではインフレが鎮静化に向かっているとの判断から政策金利を2.5%に据え置くことにしている。

一方、クリサダー副財務相によれば、タイの家計債務(家計部門が抱える金融機関などからの借金)がタイGDP の約90%に匹敵する約16 兆バーツに達するという危機的な状況にあることから、財務省は家計債務の対GDP 比率を80%に引き下げる方針を打ち出している。   家計債務の中には違法高利貸しからの借金もかなり含まれていることから、タイ政府は高利貸しから金を借りて返済に苦しんでいる市民を救済する措置を打ち出し、この措置の対象となる人を全国で募っている。救済措置を受けるにはまず登録が必要で登録期間は2024年2月29日まで。最初の3日間にタイ全国で合計4万5564人が登録を済ませており、この時点で高利貸しからの借り入れは総額18億6300万バーツに達した。

観光産業の回復加速を模索するタイ政府

タイ財務省国税局のラワロン局長によれば、新型コロナウイルスの感染状況改善に伴い2022年6月に出入国制限が緩和・撤廃されたことで、タイを訪れる外国人旅行者が大幅に増加しており、外国人への付加価値税(VAT)還付も大きく増えているという。外国人がタイ国内での買い物などで納めた付加価値税は出国時に所定の手続きをすることで還付される。

タイ政府は特に中国とカザフスタンから観光客を誘致するため、今年9 月25日から2024年2月末までの約5カ月間、両国国民を対象にタイ入国ビザを免除する措置を発表。ただ、海難事故や交通事故で大勢の中国人観光客が死傷しているほか、タイで中国人が騙されたり誘拐されたりする事件もあることから、中国人観光客数は当初の想定より伸びておらず、このため、10月31日の閣議では、インド人と台湾人についてもタイ入国ビザを免除することで合意している。

スダーワン観光スポーツ相は、スポーツと娯楽を十分に堪能できる点をPRすることで、タイを訪れる外国人観光客を増やし、タイの年間観光収入をコロナ禍前2019年の1兆9000億バーツから2024年は3兆5000億バーツに増やすことを目指すとの考えを示す。

なお、同省によれば、今年上半期(1~ 6月)に日本を訪れたタイ人は49万7700人に上り、タイを訪れた日本人(32万6347人)を初めて上回った。

EV⽣産ハブ⽬指し海外投資誘致

国家電気自動車(EV)政策委員会は、2030年までにタイ国内で生産される自動車の50%をEVもしくはHEV・PHEVにすることでタイをこの地域のEV生産拠点とする方針を打ち出している。

 同委員会は2月2日、EV用バッテリーへの課税率をそれまでの8%から1%に引き下げるとともに、タイ国内のEV用バッテリー生産事業に対し240億バーツを助成することで大筋合意。スパタナポン副首相兼エネルギー相(当時)は、助成金は事業規模に応じて金額が決められることになるが、申請の早い順に助成金が提供されるとした。

工業省工業経済事務局(OIE)では、世界的なEVメーカーがタイで2024年から生産を開始することから、これらメーカーに部品を供給する電子製品産業などの成長が期待されると指摘。ワラワンOIE事務局長は、「EV生産が拡大すれば、その部品である電子製品やIT製品の需要も拡大する。EVメーカーは24年第1四半期にも生産を開始する見通し」とEV関連の投資および事業拡大を推奨する。

一方、タイ工業連盟(FTI)のスラポン副会長は、「多くのEVメーカーが魅力的な価格のプロモーションパッケージを売り出しており、バッテリー電気自動車(BEV)マーケットは競争が激化している」と指摘。23年1~ 10月期におけるタイのBEV販売は前年同期比702%増の5万6119台となり、タイ国内自動車市場の8.86%を占めた。

収束に向かいつつある新型コロナ禍

コロナ禍が収束に向かうなか、2023年1月、タイ保健当局は、タイに入国する外国人にワクチン接種証明の提示を義務づけるなど水際対策を同月9日から強化すると発表したが、アヌティン副首相兼保健相(当時)は発表直後に同措置の撤廃を発表。経済優先の姿勢を明確にした。

タイ工業連盟(FTI)は、コロナ禍ではリモートワークなどで家にいる時間が長くなり、家電品や情報技術関連機器がよく売れたことでから同分野で半導体部品が多く使われたが、23年は新型コロナウイルスの感染状況改善に伴い、自動車生産より多くの半導体部品を回すことが可能になったと報告。

また、エネルギー省エネルギービジネス局は、2023年第1四半期におけるタイのエネルギー消費が、新型コロナ禍の一応の収束に伴う経済活動活発化により、コロナ禍前の2019年第1 四半期を上回った発表している。

ただ、その一方で23年はインフルエンザが猛威を振ることになり、タイ医療機関ではワクチン接種を呼び掛けた。

オンライン犯罪が増加 被害額も拡⼤

タイ警察庁中央捜査局(CIB)は2023年1月、外出時にスマートフォンを充電する際、充電ケーブルを通じてスマホ内の個人情報が抜き取られたりする恐れがあるため注意するよう呼びかけた。外出時にスマホを充電したことで個人情報を盗まれ、銀行口座から第三者に大金を盗まれた人もいる。この被害者はスマホに銀行から送金の知らせがあったため確認したところ、口座から勝手に10 万バーツ以上が引き出されていたという。また、スマホにはハッキングに使われたとみられる不審なアプリがインストールされていたとのことだ。

ラチャダ政府副報道官は同月、現在政府が進めているサイバー犯罪一斉取り締まりにより、これまでに犯罪との関連が疑われる5万を越える銀行口座を凍結し、約200に及ぶギャンブル・ウェブサイトを閉鎖したと発表している。

デジタル経済社会省も、iOS とアンドロイド双方のスマートフォンのユーザーに対し、個人情報の抜き取りなどのリスクのあるスマホ用アプリケーションが200 以上存在すると警告。危険なアプリをスマホにインストールしている場合は直ちにアンインストールするよう警鐘を鳴らす。

4 月には政府機関からタイ国民5500万人の個人情報を盗み取ったと豪語していた陸軍兵士の男(33)が逮捕された。取り調べに対し兵士は、「注目されたかっただけ」「個人情報は800 万人分で、5500 万人分ではない。ハッキングで入手したわけではなくネット上で本物のハッカーグループから8000 バーツで買った」などと自供している。

一方、デジタル経済社会省によれば、ネット詐欺(インターネットを通じて行われる詐欺行為)は、サイバー犯罪を取り締まる新法制定により1日当たりの犯罪件数が年初の約800から約580へと減少しているものの、全体の被害額は逆に増加しているとのこと。また、資金洗浄対策室(AMLO)は10月19日、詐欺などの犯罪に使われている銀行口座が50万ほどに及ぶと報告した。AMLOのウィタヤ広報担当は、「タイの銀行口座総数は1億2100万ほどだが、そのうち約20万~ 50万の口座が犯罪に使われている可能性がある」と指摘する。AMLOはこれまでに犯罪目的で開設されたとみられる7万を超える銀行口座と開設者1万人以上を特定しており、この情報は警察の捜査に使われているとのことだ。

地元有⼒者の取り締まりに本腰

9月6日、タイ中部ナコンパトム県でプラウィン行政区長(当時)が自宅に数十人に及ぶ警官を招いて食事会を催していた際、同区長(同)との口論が原因で警官2人が撃たれて死傷する事件が起きた。

プラウィン容疑者は親類の警官の昇進を頼んだものの断られたことに激怒して発砲を命じたという。実行犯の男は逃亡先のカンチャナブリ県で警察官と撃ち合いとなり射殺された。事件が起きた際、少なくとも25 人の警官が招待されていたが、現場にいた警官のうち6人ほどが同容疑者と実行犯の逃走を手助けするとともに、防犯カメラの映像消去など証拠隠滅にかかわったという。捜査の過程で、プラウィン容疑者の所有する会社2社による入札関連の不正疑惑も浮上。長年にわたって違法行為を繰り返し巨額の富を築いてきたことが明らかになった。

このため、チャダー副内相は11月22日、内務省は犯罪に手を染めている有力者の一斉摘発を12月1日に開始すると発表。同省地方行政局によれば、摘発対象となる有力者は、ヤミ金、公共事業入札の談合、企業への強請、脱税、違法賭博、人身取引など16の違法行為に関与している者となる。

ハマスがイスラエル出稼ぎのタイ⼈殺害

パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム武装組織ハマスが10月7日、イスラエルに対しテロ攻撃を仕掛けたことで、同国で働いているタイ人のうち34人が死亡、19人が負傷、そして24人が拉致された。在イスラエル・タイ大使によれば、タイ人はハマスのターゲットではなかったものの、たまたまテロリストと遭遇し不幸にも死傷することになったいう。

タイ労働省によれば、イスラエルで就労しているタイ人は3 万人超とされており、帰国希望者は一旦約8000 人に達したが、海外出稼ぎ者の大半が渡航準備のため多額の借金をしており、海外での就労が短期間だと赤字になってしまう。さらに、イスラエル側の雇用主も労働力を維持するため、未払い給与の支払いを先延ばししたり、給与の増額をちらつかせたりしてタイ人に帰国を思いとどまらせようとしているという。そのため、当初はタイへの帰国を希望する者が多かったものの、給与に絡む金銭的な問題もあり、帰国の手続きをするタイ人出稼ぎ者は徐々に減少していった。

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