【政治】タイ首相が下院解散 憲法改正の「上院関与」で与野党対立、総選挙は来年2月上旬か
アヌティン首相(内相兼任)は12月11日夜、下院解散の意向を表明。翌12日付で官報に下院解散の勅令が公布された。憲法規定により総選挙は勅令発効後45〜60日以内に実施され、具体的な投票日は中央選挙管理委員会(選管)が決定する。選管委員長は、来週(15〜16日)に委員会を開き投票日を協議するとしており、投票日は2026年2月8日となる可能性があるとの見方を示した。解散後はアヌティン政権が暫定内閣として選挙管理などに当たる。
解散の直接の引き金となったのは、憲法改正手続きでの「上院関与」を巡る与野党対立だ。12月11日の憲法改正案審議(上下両院合同審議)で、憲法改正の要件として「両院の過半数」に加え「上院議員の3分の1以上」の賛成を必要とする案が採択された。これに最大野党・人民党は「合意違反」として猛反発。採択直後から不信任案提出に向けた署名集めに動いた。
人民党側が上院の関与縮小を強く主張する背景であるが、まず現上院の勢力図がある。2024年の上院選を経て、タイ威信党に近いとされる議員が上院で最大勢力になったとの見立てがあり、報道では上院200人中123人(61.5%)を占めるとの推計も出ている。現在、上院議員選出過程の「投票談合」疑惑について特捜局(DSI)と選管が捜査を進めており、「138人の上院議員が特定政党の影響下で動いた可能性を示す証拠がある」とも報道されている。
これに加え、人民党が「上院関与の縮小」を重視するのは、前身のタイ前進党が2023年5月14日の総選挙で勝利しながら、当時の制度の下で上院を含む上下両院の首相指名投票を突破できず、ピター党首(当時)の首相就任が頓挫した経緯があるためだ。民意で選ばれていない上院が政治プロセスを左右することへの反発が、憲法改正論議の底流にある。
今回の下院解散は、こうした対立が「内閣不信任動議」へ発展する前の先手ともいえる。現在の議員数であるが、与党は168議席、野党は327議席(25年12月11日現在)。与党陣営の最大議席はタイ威信党で71議席。一方、野党陣営は人民党143議席、タイ貢献党133議席といずれも政権党・タイ威信党の議席数を上回る。つまり、野党の人民党もしくはタイ貢献党のいずれかの協力を得られなければ、法案を通すこともできず、また、野党が一致して不信任動議を提出した場合は100%可決してしまう。
不信任動議が可決された場合は内閣総辞職となり、新首相を選出することになる。このケースではアヌティン首相は首相代行となるが、首相代行に下院解散の権限はない(諸説あり)。そして、新首相選びであるが、まずは各党が前回総選挙前に選管に提出していた首相候補リストが選択肢となるため、可能性が最も高いのはタイ貢献党のチャイカセム元法相となる。この場合、就任直後に下院を解散することは確実視されているが、それでも総選挙に首相代行として対応するのか、それとも中堅野党の一党首として臨むのかでは、前者が圧倒的に有利である点に否定の余地はない。
官報に掲載された勅令前文は、2025年9月に発足した連立政権が下院で多数を得ていないことに触れたうえで、経済・社会・政治・国際情勢の不確実性や、タイ・カンボジア国境情勢など課題が山積するなか「安定」が不可欠と指摘し、現状のままでは継続的・効率的で安定した国政運営が困難になるとして、解散と総選挙が「最も適切な解決策」だと位置付けている。
なお、選挙が実施される場合、タイでは投票日前日18時から投票日当日18時まで、酒類の販売が禁止される。
